「主体と客体の非二元性」≒「さとり」

厳密には「さとり」にもレベルがあり、初歩的な気づきを保てる「さとり」と、深い感覚を伴う「さとり」がある。
意識レベルの例えとして睡眠がわかりやすいかもしれない。さとっていない人を「眠れない人」に例えるなら、初歩的な気づきを保てる「さとり」は仮眠である。睡眠をとれないほど多忙な人にとって、たとえ仮眠であっても身体的には睡眠に近い休息になる。この段階は非二元(ノンデュアリティ)では「覚醒」「目覚め」といった表現をする。
非二元において「解放」と呼んでいる「さとり」は、睡眠で例えるならレム睡眠である。比較的安定して覚醒を維持できる状態だ。
ヨーガのサマーディ(サマディ)というものがある。非二元でいう「全体」からもっともパワーを引き出すレベルで、睡眠に例えるならノンレム睡眠だ。
覚醒が「瞬間的にさとった状態」、解放が「安定的にさとった状態」、サマーディが「さとった状態すらもなくなりパワーそのものになった状態」といえるだろうか。

昨日、投稿した記事にある正覚者ガウタマ・シッダールタがいう「さとり」とは、「さとった人」と「さとっていない人」のちがいを説いているので、初歩的な気づきを保てる「さとり」のことをいっている。言い換えれば「これを理解すれば、さとったといっていいよ」ということだ。武道などでいわれる有段者的な意味合いに近い。シッダールタは師範代的なものを設定しなかったので、戒律を守り、先輩が後輩を指導するが、戒律を破ったら新入りから出直しといった、ヒエラルキーやキャリアを重視しないものだった。
したがって、シッダールタにとって「さとり」とはゴールではなく、やっと一人前ですよということである。そのため、さとったのちも托鉢や瞑想のほか、戒律を守ることは続けられた。それはより深い「さとり」を目指したからである。

非二元でもいわれることだが、「覚醒」「目覚め」は「やっと非二元を理解した」といったレベルのものであって、武道に例えれば「やっと初段になった」という程度のものである。まだ覚醒していない人、目覚めていない人からすれば尊敬に値するが、非二元のコミュニティの中では「やっとスタートラインに立てた」といっただけのことだ。一度や二度、覚醒体験があったからといって「私はさとりました」と大看板を掲げるほどのことではない。

反対に、シッダールタも「さとり」について、大袈裟なことは言っていなかった。さとってすぐに初めて説法した仲間の5人の修行者に対しても、四諦(四聖諦)を説いただけで「コンダンニャ、アニャータ!」と叫んでいるほどである。5人のなかでもっとも年長のコンダンニャがさとったとシッダールタが認めたのだ。もちろん他の4人もさとった。ほかにもさまざまな弟子がすぐにさとった描写が経典に描かれている。
数百年後の仏教徒はシッダールタを崇拝するあまり、「さとり」は崇高なものとされ、常人には到底たどり着けない境地だと思い込んだ。やがて彼らは大乗仏教を名乗り、ドラマティックな経典を次々と書き残し、結果的に東アジアに伝播した。この意味で大乗仏教の流れをくむ日本仏教と非二元は似て非なるものといえる。

非二元は皮肉にも、もっともシッダールタ直伝の教えに近いものとなっている。
「さとり」とは本来、身近なものだ。
非二元では大乗仏教の中観派や瑜伽行唯識学派、そしてそれらから影響を受けたヒンドゥー教のアドヴァイタ・ヴェーダーンタ学派から発展したと公言しているが、シッダールタの本来の教説と大乗仏教は似て非なるものであることを知らないからだと思われる。
このことを私が詳しく欧米で書籍化すれば一大ムーブメントになるだろう。

次回、初歩的な気づきを保てる「さとり」をなぜ「主体と客体の非二元性」と呼ぶのかについて書くことにする。

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