「置き換え」に代わる言葉探し

今までワークショップで、「自分が相手の立場で考える」という意味合いで「置き換え」という単語を使ってきました。しかし、心理学ではすでに「置き換え」という専門用語があり、実際にはちがう意味で使われています。

「置き換え」の本来の意味は、「欲求不満なことを、別のものに置き換えて代替し解消すること」です。たとえば、「パワハラの父が怖いが、日頃の怒りがたまって仕返ししたいので、父の腕時計を壊してやった」とか、「仕事のストレスがたまり、帰宅して思わず、妻に八つ当たりしてしまった」といったものです。意図的なものだけではなく、無意識にやってしまうものも含まれますので、たとえの「妻への八つ当たり」は「気が利かない妻が悪い」と本気で思い込んでいる人もいます。妻にしてみれば飛んだとばっちりです。

これほど意味がちがいますと、万が一誤解された場合に、まったくちがう意味どころか、反対の意味にとられかねませんので、注意が必要だと懸念しておりました。

そこで、「相手の立場で考える」という意味で、ちがう言葉を使いたいのですが、同じ意味の専門用語はないようです。残念ながら、「相手の立場で考える」ことは人間にとってむずかしく、研究者・研究方法・研究データのいずれも少ないようですね。せいぜい近い言葉は「思いやり」でしょうか。近いには近いのですが「相手の立場で考える」ほどの意味を含むかどうかで考えますと、かなり厳しいように思われます。

ドイツの精神科医学者クルト・シュナイダーは、精神病質者の精神病質を10類型にまとめました。

精神病質者 10類型

シュナイダーは自身の臨床経験に基づきながら、よく見られる精神病質を10個の類型にまとめている。

  1. 意志薄弱者: 意志薄弱者の類型の特徴は持久性を欠いていること、そして自発性を欠いていること、この二つが挙げられる。持久性の欠如からこの類型は生活史においても転校や転職を繰り返し、また自発性の欠如から周囲の環境の影響を極端に受けやすい。
  2. 発揚者: 発揚者は気分がいつも明るく、活動的であるために社会環境に適応している限りにおいては、優れたリーダーとして評価される場合もある。一方で、知能の障害や自制心の欠如によって軽率かつ興奮しやすいために問題行動が表れる可能性もある。
  3. 爆発者: 興奮しやすく暴力的な行動に訴える傾向が強い人々の類型であり、シュナイダーは小さな物事でも過敏に反応して逆上する刺激型と不安感が鬱積した後に突然暴力をふるう興奮型の二つに区別している。
  4. 自己顕示者: シュナイダーの言葉によれば、仮想と現実を混合する人々、が該当する類型である。自己顕示という願望を充足させるために自分を実際よりも誇大化することや、嘘をつくなどの特徴が挙げられる。
  5. 人間性欠落者: ここで述べる人間性とは同情、良心、羞恥のような人間に固有の情動的能力を指しており、これはその能力が欠如している類型である。したがって、この類型は自己の危険や苦痛だけでなく他人の不幸に対しても情動的な関心や反応を示さない。
  6. 狂信者: ある特定の観念のために自分の生涯をかけて戦う人々とシュナイダーは定義を与えており、その観念の内容にかかわらず、彼らは一般的に些細だと思われる問題を重要視する特徴があり、そのために自分の地位や財産をいくらでも費やす行動を示す。
  7. 情緒易変者: これと云った理由もなく抑鬱状態に陥る傾向が強い人々の類型である。目的や理由はないものの、不機嫌、抑うつ気分などの状態が自生的に生じ、しばしば反復されるものからシュナイダーは体質的なものだと考えている。
  8. 自信過小者: この類型は周囲の評価に対して過敏な人々に該当し、規範意識や倫理観などが強迫観念として強い場合や、自意識が強いために状況によって被害妄想や関係妄想を抱く場合の二つに大別することができる。
  9. 抑鬱者: これは生まれつき悲観的で厭世的な人々が該当する類型である。気分が恒常的に暗く、自分自身が深く苦悩している場合が多いだけでなく、状況によってはその偏執性から問題行動を示す。
  10. 無気力者: この類型は常に無気力で身体的にも何かしらの痛みを訴えることが多い人々を指している。

クルト・シュナイダー – Wikipedia

そのなかのひとつに「情性欠如者(人間性欠落者)」があり、「同情、良心、羞恥のような情動的能力が欠如している」とされています。「相手の立場になることができない」という意味では一致しますが、自分自身の危険や苦痛にも無関心とあるために、先天性無痛症の人を誤診したのではないかと疑ってしまいます。さすがにそれはちがうにしても、自分自身の危険や苦痛に無関心な人は普通の人に思われないでしょうから、異常性を感じるほどの人物なら当てはまるかもしれません。

精神疾患は白黒つけがたいものが多く、重度や軽度があると考えるのが自然ですので、「情性欠如」も軽度のものがあると考えることができます。そう考えるなら、人の気持ちを理解できず攻撃的な人は、過剰な攻撃をしたり、場当たり的な嘘をついたりして、あとで自分の信用を落としたり、人から恨まれたりすることに確かに無関心です。想像力がないといわれますが、ただ無関心なだけだとすれば、スッキリ理解でき、矛盾がありません。

結果的に「相手の立場で考える」ことについての適切な単語はありませんでしたが、「相手の立場で考えられない」「将来の自分の立場で考えられない」という特徴を示す「情性欠如」という用語は使えそうです。

次回、「相手の立場で考える」ことについて、理解していくには段階がありますので、整理してみたいと思います。

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