さとりとは、自我がひとつずつ外れていった最後の在り方

自我はひとりの心の中にいくつもある。
少女漫画を参考に例を挙げると、

  • 恋をしたい
  • 憧れの先輩とつき合いたい
  • 嫌われたらどうしよう
  • 憧れの先輩に彼女がいたら、私なんてかなわない
  • 友だちに彼氏がいてうらやましい
  • 同級生の男子が好意を寄せてきていてウザい
  • 憧れの先輩、今、何してるんだろう
  • 憧れの先輩の姿を見ていてうっとりする

などいくらでも考えることができる。
これらの感情はすべて異性への感情や恋心、女心に関するものだが、それぞれがひとつの自我である。

同じ自我でも、なぜその自我をもっているかの理由は、人によって全然ちがう。それが原因で些細な悩みの解決を厄介にする。人生相談や自己啓発の解決方法が、誰かには効果があっても、自分には効果がないという現象が起きるのだ。

さとり・非二元では、現実は幻と考える。現実の外側にある「プレゼンス」「純粋意識」「空」「虚空」の世界から観照することで、幻の現実は現れるという。ひとつしかないプレゼンスから作られた幻想現実には、さまざまな人間が同時存在するが、そのすべての人間の共通のプレゼンスが、そのひとつしかないプレゼンスである。

幻想現実の中で、人間は出会い、ひとつの現象を体験する。たとえば「片思い」という現象では、「片思いする側/片思いされる側」でワンセットである。恋が実るなら「先輩に告白し恋が成就する側/後輩から告白され恋が始まる側」でワンセットである。

この「ワンセットの現象」では、複数の人間がかかわることになるが、その複数の人間の自我が連動することによって、その現象は起こる。いいことも悪いことも、この自我の連動が原因であり、この幻想現実は人間の自我の相関によって成り立っている。幻想現実は自我が絡み合ったものといっていい。

そのため、「運命がある」「占いは当たる」「予言・予知が当たる」という自我をもっていると、自我の連動が起こり、運命的な出来事が起きたり、運命的な人に出会ったりして、そのとおりの幻想現実になるが、「運命がある」「占いが当たる」「予言・予知が当たる」という自我をもっていない人には、運命的な出来事が起こらず、占い・予言・予知が当たる確率は偶然の確率と同じになる。

さとると、自我がなくなるため、自我の連動は起きなくなる。
そのほか、ヨーガでは師匠が必要な理由として、仏教では仏縁と説明されるが、人の自我を消せるようになる。これは「恩寵」「グレイス」「アヌグラハ」「ブレッシング」「アシュルバード」などと呼ばれる。
自我の相関によって作られた幻想現実の中で、自我をなくしさとると、幻想現実の影響を受けないために、自我の相関をほどくことができる。

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