幻想現実の後継者「正覚者ガウタマ・シッダールタ」

今日、仏陀または釈迦と称される正覚者ガウタマ・シッダールタは、膨大な経典に描かれていながら、本人のものと思われる教説はほとんど残っていない。その理由は、シッダールタの弟子たちが口伝で伝え、100年以上経ってから経典に書き記したことと、シッダールタ自身が核心部分を語らなかったことがあげられる。シッダールタの説法は相手のレベルに合わせて語るもので、自分自身のレベルで語ることはなかった。
紀元前4世紀頃という古代であったため、生没年不詳で、伝説化を免れなかったのも理由のひとつだろう。

シッダールタは、ブラフマン教(バラモン教)の苦行者として、伝統的ヨーガを実践していた。
仏教経典の中からブラフマン教聖典ヴェーダや奥義書ウパニシャッドの引用はもみ消されているが、シッダールタの教説には明らかにウパニシャッドから受け継がれたものが盛り込まれている。これは当然であって、まったく不思議なことではない。シッダールタ自身がブラフマン教ヨーガ苦行者であったのだから。

出家してまずブラフマン教で有名なアーラーラ・カーラーマ仙に弟子入りした。すぐにアーラーラ・カーラーマ仙がいうさとり「無所有処(むしょうしょ)」に達したという。
「無所有処」は当時のブラフマン教ヨーガ苦行者の間でもっとも理想としていたさとりであった。ブラフマン教のブラフミン(司祭)だけでなく、ジャイナ教の苦行者も目指していた。「無所有処」の起源は紀元前7~前6世紀の哲学者ヤージュニャヴァルキヤである。ヤージュニャヴァルキヤがインド哲学史上初めて、輪廻転生からの解脱には欲望を手放すことが必要だと説いた。仏教における托鉢の実践はこのためのものだ。わかりやすくいえば七福神に数えられる「布袋」のような境地であった。

のちの仏教経典では「無所有処」に至る前に、第一段階「空無辺処」、第二段階「識無辺処」があるとしている。これらに関するシッダールタの言葉が原始仏典から発見されている。
「無所有処」がヤージュニャヴァルキヤの教説であるから、「空無辺処」「識無辺処」のいずれもヤージュニャヴァルキヤから引き継がれていることが推測できる。
「空無辺処」は、昨日投稿した記事「幻想現実の起源『ヤージュニャヴァルキヤ』」に書いた「宇宙は意向によって決まるもので、あらかじめ定まっているものは何もない」と観ずることである。何も存在しない虚空の中で自己が宇宙を生成しているのだ。
「識無辺処」は、「何もない虚空の中で、自己が欲望の影響も受けて、宇宙を生成している」と観ずるときの、宇宙を生成する欲望を認識することである。
アーラーラ・カーラーマ仙の「空無辺処」「識無辺処」「無所有処」の理解に達することで、シッダールタはウパニシャッド最大の哲人ヤージュニャヴァルキヤのレベルに達したことを証明した。

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