自我の連動で作られる幻想現実はなぜ幻に見えないか

さとり・非二元では、目の前の出来事はすべて幻だと説明される。
私は昨日の記事で、「自我の連動によって人間同士の出来事は起きる」と説明した。
幻と自我の関係を説明しようと思う。

写真のように、あるカップルが喧嘩をしたとする。
さとり・非二元ではこれを幻というが、幻だからといって、喧嘩を今すぐなかったことにすることはできない。

それではなぜ幻と表現されるのか。
実は自我は、自分の在り方によって一瞬で消えてしまう。消えた瞬間に自我の連動は起きなくなる。
今、喧嘩したことはなかったことにはできないが、自我をもったまま仲直りしようとしても、表面上の仲直りか、喧嘩の続行かのどちらかになる。

たとえば自分が相手を思いどおりにしたいという自我をもっているせいで、相手が自由にさせてほしいという自我をもったのなら、自分の自我を消せば、相手も自由にさせてほしいという自我はなくなり、仲直りしやすくなる。

ひとつの出来事でも、さまざまな感情が絡み、さまざまな自我が原因となっている場合が多いので、ひとつの自我が消せたからといって、もう喧嘩はないとはいえないが、自我を消して仲直りをしているケースは世の中でほとんどないだろうから、喧嘩のたびに自我をひとつずつ消していくと、数年後には喧嘩をしない理想的な恋愛関係または夫婦になることができる。

理想的な恋愛関係または夫婦になったふたりは、過去の喧嘩が多かったふたりを振り返ったとき、夢を見ていたような、真実の自分ではなかったような、不思議な感覚になるだろう。そして、二度と同じ状態には戻りたくないと考えるだろう。

自我で世界を見ている限り、それは存在しない世界であり、消せる世界である。本当の世界はトラブルがなく、愛しかないのである。
自我をひとつひとつ消し、完全に消し去ってしまうと、昨日の記事に書いたように、さとりに達してしまう。そのとき見える世界は、色即是空、空即是色しかない。虚空の中に幻が彩られ、その彩りこそ虚空なのである。

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  1. 2017-5-14

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