閑雲野鶴=否定されても気にならず自由に真実を生きられる

作家や音楽家(アーティスト)などで、社会からの評価が低いとき、その作風の変更を迫られることがある。
現代では資本主義の傾向があるため、作品の売上が少なければ、作風の変更を強いられたり、自ら新たな作風にチャレンジしたりすることが多い。

本来、作家や音楽家は自分の満足できるものを目指すものである。
社会から認められるまで、自分の作風はこのまま貫いていいものか、それともこれは自分の自己満足で、芸術的に価値を見出せないものなのではないかと悩む。
本当によいものを作っているのか迷ってしまう。

これは職人と芸術家のちがいに例えられる。依頼者が満足するものを作る職人と、自分が作りたいものを作る芸術家である。
もっともらしく聞こえる話だが、実際には職人にも譲れないものがあり、芸術家もお金にならなければ自己満足で芸術性はなかったかもしれない敗北感がつきまとう。
結局、職人にも芸術家にも同じ悩みがあるといえる。

まさにこれらの不安やジレンマは、自我によるものである。
そもそも、インスピレーションや改良のアイディアは、本人の脳の中で生まれるものではなく、さとりでいわれる「空」「虚空」、非二元でいわれる「プレゼンス」「純粋意識」「空」から届く「恩寵」である。

不安やジレンマが自我を生み、インスピレーションやアイディアを阻害する。
覚醒状態、あるいはさとりの境地に至っていれば、不安やジレンマに惑わされることはない。

この例えでいいたいのは、さとりや非二元で人生を生きるということは、かんたんには人の理解を得られない場面もある。お金への執着のなさや、無欲さなどについて、変に思われる。
それこそ「閑雲野鶴(かんうんやかく)」、恐れず我が道をゆけるのである。

そこに、恩を優先するか、マナーを優先するか、自分を犠牲にするかの迷いは、露ほどもない。

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  1. 2017-5-5

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