「非二元性(ノンデュアリティ)」=「中道」

正覚者ガウタマ・シッダールタは「耽溺」「患い」「出離」から、「中道」を説いた。しかしこれの重要さが弟子たちにはうまく伝わらなかった。四諦(四聖諦)・八正道・此縁性縁起・十二因縁は繰り返し登場するが、中道はシッダールタ本人がさとりに重要だと説いているにもかかわらず、言及されていない。
実際、シッダールタが苦行をやめることでさとりに至ったとすることの真意は伝わっていなかった。シッダールタが苦行をやめることでなぜさとりに至るのか、そのプロセスがわからなければ、中道の真意もわからないのである。

シッダールタがさとりについて語ったとき、「耽溺」「患い」「出離」を語っているが、こちらも重要性が伝わっていない。
フローチャートにすると以下のようになる。

命を削って苦行したがさとれず、苦行を捨てたあとに訪れたさとり

「耽溺」「患い」「出離」

「中道」

この3段階でひとつの真理「非二元性」を語っているが、もっともわかりやすく説かれている「耽溺」「患い」「出離」を理解しなければ、シッダールタがなぜ苦行を捨てることでさとれたのかだけでなく、中道も理解することができない。

大乗仏教を勉強されている方は、シッダールタの数百年後の弟子ナーガールジュナ(龍樹)が相依性縁起と無自性空を語っているではないかと思われるかもしれない。もちろんナーガールジュナも私のようにシッダールタの言葉を再検討したことだろう。
大乗仏教という「シッダールタを神格化する流れ」という致命的なところ以外は、確かにシッダールタの真意をくみ取ったものとはいえるが、それを言い換えるならば「シッダールタが語っていることを、ナーガールジュナがまた語った」だけのことである。何も新しいことはない。

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